「アル・カーイダと西欧」 書評

 

アル・カーイダと西欧 打ち砕かれた「西欧的近代化への野望」」を読みました。ジョン・グレイ著、翻訳は金利光氏、版元は阪急コミュニケーションズという聞き慣れないところだ。訳文は読みやすくていいと思う。

 

ジョン・グレイは反グローバリズムの視点から、アル・カーイダを生み出したとする、西欧的近代を批判する。大きく言えば進歩主義一般への批判だろう。著者の視点にやや難があるとすれば、急進的イスラム主義者が西欧主義の鬼子というところだろうか。確かに著書の言う通り、イラクサダム・フセイン政権は西欧主義的政権であったことには同意したい(サダムの支持母体だったバース党共産主義を掲げている)。しかし、サダムは著書が認める通り、イスラム過激派とは一線を画しており、(ロシアの近代的形態であるところの)ソヴィエト→サダム・フセイン政権という流れを認める事はできても、ソヴィエト→イスラム過激派という流れはやや難しいのではないか。(ソヴィエトは確かにロシアにおける失敗した近代の所産だろう。著者の指摘する様に、ドイツの近代化はナチスであった様に。)

  

実際、アル・カイーダの首領、ビンラディン近代主義者とは言えないのは、彼らはソヴィエトの侵攻からアフガニスタンを防衛するという作戦に従事した事もあることから明らかだ。ソヴィエト主義者ではないし、彼らが標榜した近代主義者ではないのである。保守主義者のこじつけとしてはけっこう酷い部類になると思う。

 

どちらかというと、ビンラディン保守主義者であり、アメリカやソ連帝国主義的侵攻には煮え湯を飲まされる思いがした事だろう。だからこそ武器をとり、イスラム主義を信奉したのではなかったか?(学生を意味する、タリバン政権との親和性からも明らかだろう)彼の、サウジアラビア有数の富豪の子息として生まれ、高級車を乗り回したレバノンの学生時代からは、著者自身認めている様に噂ではあるが本当だとすると、急進主義者のものというよりは保守主義者のものである。(保守主義は金持ちが多い、この点では昨今の日本での心情的保守主義者とは歴史的文脈がそもそも異なるものである。)

 

だからそもそも、ビンラディンを西欧的理性の後継に据えようとする、著者・ジョン・グレイの試みは正しくない(近代兵器やネットを駆使するアル・カーイダがいくら近代的に見えようとも)。アメリカの押し付けがましい外交やひとりよがりの軍事的な指針こそが批難されるべきである。

 

もちろん、ジョン・グレイはこの方面では、中南米の軍事政権の手助けをしたアメリカを批判するのであり、正しいと思う。それと金融危機になった国に対してのIMFの姿勢はジョン・グレイの指摘するようなものであれば、批判すべきだと思う。無理な緊縮財政を強いる事で、さらにその国の状況を悪化させたらしい。しかもアメリカだけは例外的な扱いになっている。決して国際ルールはフェアになっていないのかもしれない。

 

また他にも、やや後ろ向きすぎるが、かれの政情判断は傾聴に値すると思う。ブッシュ政権において自由貿易は死に絶えたとする指摘がどれほど正しいかも、吟味すべきだろう。僕はかなり正しいと思いますが。。

 

結局、ジョン・グレイの保守主義はなにを目指しているのか、目指そうとしているのか、そこだけは欠落していたので、他の彼の本をあたってみたいと思った次第です。だいたい僕の感想では、多文化主義的な保守主義になると思う。この方面に期待したい。ただし、理性は死に絶える事はないと思うが・・