アルゼンチンの軍部による住民虐殺についての本「国家テロリズムと市民」感想


「国家テロリズムと市民」(杉山知子著、北樹出版 2007)を読み終えた。前の前のブログで紹介したと思うので、そのレビューでもしようかなと思った次第です。

 感想は難しいですけど、やっぱりアメリカはおかしいなあと思いました。

 対反乱ドクトリン(counterinsurgency doctrine)ということでケネディ時代から、共産主義の拡大を阻止するための軍事ドクトリンを行っており、その限りにおいて、アルゼンチンが人権の蹂躙をおこなっても、特に干渉はしなかったという歴史があるようです。いわゆる黙認というやつです。さらに、民衆を抑える方法とか、地下組織の政治活動の監視すらもアメリカの「アメリカ陸軍カリブ海学校」(1963年〜)で行われていたのですから、共犯に近い。(だけど、後に人権外交を掲げるカーター大統領はアルゼンチンを非難し、圧力を加える)

 アルゼンチンの政治面からみると、ペロンという人の存在の大きさが伺えます。10年近く、大統領であり、辞任後はスペインへ亡命し、18年後に復権するという人です(しかしその九ヶ月後に死亡)。その間、国内ではペロン支持者と非支持者にわかれて政争になっており、軍部が安定をもたらしていた、という側面はあるようです。しかし、このペロン死後、軍部によるクーデターが起こり、軍部が大統領よりも強い権限を持つようになる。そして、ペロン側近が作っていた暗殺集団を吸収した軍部による凄惨なテロへと発展するんですね。事実は小説よりも奇なり、というのはこの事だなと思いました。やがて、軍部はフォークランド(マルヴィナス)紛争へと突入し、イギリスと戦争になり、アルゼンチン軍は敗北、軍部の体制は崩壊した。やがて責任問題が発生し、人権蹂躙を行っていた、軍部の有力者は裁判で裁かれ、無期懲役になる。このあたりは日本と重なる部分があるだろう。(ただ日本は自分の手では裁けなかったので、このあたりはだいぶ違う。)

 ペロン自身は軍人(階級は大佐)出身で、労働者を支持基盤としていた、ということであって、やや左よりかなと思いますが、(国家?)社会主義右派みたいらしい。主に労働者の状況を改善するという以外はあまり目立っていないようだ。ペロンは女好きだったらしく、官邸に地方から来ていた女子中学生を滞在させるなどしていたらしい。その奥さんはエヴィータエヴァ・ペロン)と呼ばれて、国民的な信頼を勝ち取っていたというから、すごい話ですね。後に、エヴィータを題材にしたミュージカルが、ニューヨークのブロードウェーで大ヒットとなり、1996年には映画化もされているらしい。惜しまれながらエヴァは1952年33歳で死去。第二期ペロン政権では、別の奥さんを副大統領にしたそうだが、みごとに失政し、ペロン没後にはその奥さんも軍部に拘束されたらしい。柳の下にどじょうがいるとは限らないというわけでしょうか。うまくはいかなかった。

 このペロンの圧倒的人気もさることながら、ペロン亡命後にペロン主義になった若者の熱狂的な支持はすごいものがある。ペロンを救世主と見ていた彼らだが、しかしその青年たちはペロン帰還後にペロン自身に裏切られ、やがては過激な反体制側のテロリストとなるというのも、時代の流れを感じます。今だって天皇に期待する若者とかっているでしょ、彼らと重ね合わせて理解できそうな気がします。国民に崇拝を求めた点に置いても、ペロンは天皇と似ている側面はあるかもしれないですね。wikiによると、ペロンは今でも人気があるようです。http://ja.wikipedia.org/wiki/フアン・ペロン

 それと、軍部の暴走を止められなかった、カトリック教会の立場にはうなってしまいます。南米のカトリック教会は右派の人間も多いようで、体制側に連れ去られた人を心配して相談しにきた人を逆に体制側に通報したりしたそうで、根が深そうです。もちろん反対した人もいたそうですが、組織的に反抗する事はできなかった。ちょっと宗教とはどういうものか、考え直す事も必要かもしれない。

 軍部については穏健派と強硬派とがあり、この軍部の顔色をうかがいながら政治をするというのも大変だなと思いました。民権派の大統領も生まれたのに、ペロン帰還あたりからのペロン支持者の右派と左派の分裂により、暴力が激化し、軍部も巻き込まれていくのは本当に嫌なものです。(若いペロン支持者と過激な共産主義者などの反政府グループは軍部の長老格の人間を始めとする要人を拉致し、殺害するようになり、以後、暴力の応酬が続き、秘密警察や情報組織の人間がはびこるようになる。)

 それでもやっぱり、軍部の独走は酷いものがある。やがて暴力が日常的なものになってしまうと、無関係な市民すらも拉致し、拷問する事が日常的なことになってしまい、妊婦をさらった場合は、生まれてきた子どもたちから復讐されるのを恐れ、その子どもを養子に出したり、場合によっては他の国へと連れ去るような事をしていたらしい。行方不明者が大量に出たが、当局は「反体制運動をして、隣国に逃げたのではないか」などと無責任な事を言っていたらしい。こういう事が本当に日本で起こらないとは断言できないだろう。トータルの犠牲者の数は1万人から3万人だそうですが、実際のところはよくわからないみたいです。非暴力運動についても面白い現象があったけど、既に取り上げたと思うので、前々回の記事を参考にして欲しいです。

 余談ですが、この本で少しだけ紹介されていた「アルジェの戦い」は面白そうです。テロリスト側と軍部両方とも参考にした、映画だそうです。予告編ですが、迫力があります。



 とりあえずレビューはおしまい。つたないレビューで失礼しました。